二〇一一年二月一二日。
「ここが、世界の中心なの…?」
森美咲は、そっとため息をついた。
ニューヨークの喧騒を先に
見てしまったからかもしれない。
土曜日の官庁街は人影もまばらで、
味気ない。
柵越しに垣間見えるホワイトハウスは、
遥か彼方にある。
思わず手元の旅行案内に目を落とす。
そこには大きく表紙を飾るホワイトハウス。
二〇一一年二月一四日。
ワシントン発成田行き
IGAL○○一便は、ミサイル事件の影響で
航路を変更し、羽田空港へ向かった。
時刻は日本時間午後二時三〇分。
咲と滝沢をのせたジャンボジェット機は、
日本海上空を通過した。
最終の定期船が豊洲に着いた。
滝沢と咲は係船所を改造した仮設の
コンクリート橋から、石段を上って歩道に出た。
路傍には、ミサイル難民の段ボールハウスや
ビニールシートが雑然と連なっている。
二〇一一年二月一五日。
『コールド・ブルー』の上映が終わっても、
滝沢は一〇番スクリーンに姿を現さなかった。
咲と豆柴は、朝まで劇場に取り残されたのだった。
咲は倉庫の搬入口からショッピングモールを出た。
朝の五時。冷たい風が頬をひっかく。
搬入口のすき間からは、
豆柴が顔を覗かせていた。
二〇一一年二月十六日。
”迂闊な月曜日”の現場のひとつ、
八番目の〈穴〉がある豊洲。
滝沢はフェンス越しにその〈穴〉を
眺めていた。
小雨は間もなく止んだ。
滝沢は咲を乗せて、
湿り気を帯びたアスファルトを
ビッグスクーターで走り抜けた。
途中、大学の友人たちの話をすると、
どうやら滝沢の興味を誘ったようで、
咲は大学のサークル活動について
語り始めた。
空が白み始める直前の、
身を切るような寒さの時刻。
黒いカクテルドレスに身を包んだ女が一人、
キングサイズのベッドに横たわっていた。
女の身の丈は高く、豊満で、
その顔の白さは日本人離れしている。
青く美しい、豊かな髪がシーツの上に
広がっている。
二〇一一年二月一八日。
大杉を心配した≪東のエデン≫のメンバーは
大学の部室に集まった。
”ジョニー狩り”に巻き込まれた――
勘違いされた大杉は、
仲間たちに囲まれて一人、
ぶすくれていた。
”ギャフン”発言だけでは不満だったようで、
板津は滝沢に、ノブレス携帯を使ってみろと迫った。
突然言われても、
滝沢には携帯を何に使ったらいいかがわからない。
「ちょっと待てや…その携帯使う時は、
日本を良うせにゃいけんのんじゃろ?なら…」
灰色の雲が垂れ込めた陰鬱な空から、
粉雪が舞い始めた。
底冷えのする京都駅のホームには、
新幹線だけが停車していて、
辺りは静寂に包まれている。
発車を知らせるベルが、
構内にけたたましく鳴り響いた。
咲とみっちょんは、
寒さに身を縮めながら新幹線に飛び乗った。
上がった息を整える。
ふと顔を上げると、
滝沢が新幹線の扉の前で立ち止まり、
咲を見つめていた。
うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
嵐の雪山が吠えたけるように、
ニーツの叫びはどこかもの哀しい。
腰の引けた情けない雄叫びを背にして、
平澤たちはバーカウンターを抜け出した。
ロビーを駆け抜け、
突き当りを曲がる。
目の前には、まっすぐ廊下が伸びていた。